「グラッと来たら火の始末」「地震だ!火を消せ!」は、国民的常識。大正12年(1923年)の関東大震災で生まれた、実に80年以上の歴史ある社会常識です。でも、そうした常識が変わりつつあるのをご存知ですか?今にして思えば当然でも、取り立てて注目されなかった、ある事情の変化によるものです。 (この記事は2005年に出版した拙著「わが家の防災 Part.2」に記した内容を基にしています) 「地震だ!火を消せ!」で逆に被害!?
過去の地震のデータを詳しく見ると、「地震だ!火を消せ!」で、却ってケガをしてしまう事例を意外にも多く見掛けます。典型的な例としては、地震の揺れそのものや消火しようと慌てる事で、鍋・やかん等が転倒。高熱の中身や油を浴びて火傷を負ったりケガをするというものがあります。胴体など広範囲にわたる大火傷に至った事例もあり、注意が必要です。
炊事や食事時間帯に起きた、1993年の釧路沖地震や2004年の新潟県中越地震は、そうした事例が多い地震としてよく挙げられます。特に、新潟県中越地震では、左のグラフにもある通り、全負傷者の実に 約1割(10.6%、東京消防庁 2004年「新潟県中越地震における人的被害に関する現地調査結果(速報)」)が、火傷によるものでした。火傷に至った事例の一部を下の表にまとめましたが、揺れの最中で「地震だ!火を消せ!」と消火を焦っても、逆に被害を身に招く危険がある事に注意しましょう。 過去の地震での火傷負傷例の一部
新潟県中越地震については被災地域各自治体発表資料、新潟日報記事より |
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「地震だ!火を消せ!」から80年−現代では事情が変わってきた 「地震だ!火を消せ!」が生まれた大正時代
関東大震災(大正関東地震)は、1923年(大正12年)9月1日の午前11時58分から数分間のうちに複数回連続して起きた地震でした。多くの人が昼食のために火を使う時間帯だった事もあり、地震に加えて大火災も発生。14万人余りの多大な犠牲者を出しました。大正当時は、まだまだ薪式かまどや練炭七輪が主流で、ようやく都市部でガス七輪・ガスかまどが家庭に入り始めた頃。ですから現代の様に、対震消火装置などはまだなく、突然の災害で火事を出さないために、当時は何が何でも自力で火を消すしかありませんでした。「地震だ!火を消せ!」という教訓は、そうした時代背景から生まれています。
現代−感震装置のお陰で「まずは身を守れ!」に それから80年以上経った現代では、感震装置付きの各種機器が増えてきました。揺れを感知して自動消火したり、ガス・電気を自動遮断してくれるので、昔の様に何が何でも消火しに行く必要が減りました。出火の有無に注視する責任はもちろんありますが、まずは、家族や我が身の身の安全を図る事に集中できるのです。皆さんの周りの下記機器には感震装置が付いているでしょうか?せっかくの機会なので確認してみましょう。
上記の各種機器が普及したお陰で、被災生活の制約になる、大火傷や不要なケガを負わず済むのは、被災の実態を知るにつけ、実は相当ありがたい事だと思います。こうした事情の変化で、今や防災の常識は「地震だ!火を消せ!」から、今は「地震だ!身を守れ!」に変わりつつあるのです。
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